MESSAGE

何かを得ようと思ったら何かを手放さなければなりません。閉ざされた心に新しい考えを植えつける方法はないのです。

違いますか?

「ドロップアウト」という言葉があります。
特定の社会や集団から脱落すること。簡単に言うと「落ちこぼれ」です。

落ちこぼれ
と聞くとどんなイメージが湧くでしょう?
勉強が嫌いで、友達も居なくて、会社や学校でも居場所がない。
もっと言うと、自分が生きてる理由もわからないで何かの依存に陥ったり、家族や大切な人にも迷惑をかける。

そんな風に、いったん社会から「ドロップアウト」すると
それで人生が終わりなのかというと、そうではないですね。
ドロップアウトした人にも、非情なほどに、人生というレールは延々と続いていきます。

僕は、そんな「落ちこぼれ」たちが新たに見出す人生の意味、自分の命の使い方を発見することの価値について語り合いたいんです。このことに人生をかけて活動しています。

それが僕の生きる理由です。

考えてみてほしいんですけど
「落ちこぼれ」を直そうと思うとどうすればいいと思いますか?

ネジを締めるためにはそのネジのサイズにあった道具が必要です。
ジャッキは車を持ち上げるためにあります。自分の力でトラックを持ち上げることはできません。そういう仕事にはきちんとした道具があるわけです。昔はよくテレビが壊れると叩いて直したりしてました。電気屋はテレビを叩いたりしません。しかし、僕たちは人生の中で良くそういうことをします。僕思うんです。今の社会では、人間の直し方として、叩いてテレビを直す、みたいな発想しかないんじゃないかって。

何であれ、何かを「信じる」という行為は人間である限りやめることはできません。

自分には価値があると信じているのか、それとも落ちこぼれだと信じているのか、その普遍的な「信じる力」をあなたがどんな風に使っているのかに、僕は興味があります。